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和歌山地方裁判所 平成2年(ワ)2013号 判決 1990年10月15日

原告 有限会社 高井商事

右代表者代表取締役 岡正富

右訴訟代理人弁護士 岩橋健

被告 甲野春子

右訴訟代理人弁護士 市野勝司

主文

一  被告は、原告に対し、一四〇五万円及びこれに対する昭和六一年五月八日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決の一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文一項と同旨

第二事案の概要

本件は、約束手形の所持人がその裏書を偽造した者に対して、手形法八条の類推適用によりその手形金を請求した事案である。

一  当事者間に争いのない事実

1  原告は左記の約束手形一通(以下「本件手形」という。)を所持している。

金額 一四〇五万円

支払期日 昭和六一年五月八日

支払地 那賀郡粉河町

支払場所 株式会社幸福相互銀行粉河支店

振出地 那賀郡乙山町

振出日 昭和五九年一〇月三一日

振出人 乙山電器甲野春夫

受取人 甲野太郎

裏書関係 第一裏書人欄甲野太郎、第一被裏書人欄白地

2  原告は、本件手形を支払期日の日に支払場所へ呈示したが、その支払を受けられなかった。

3  被告は、本件手形の第一裏書人欄の「甲野太郎」の署名を、同人に無断で記載した。

二  争点

1  原告は、被告が本件手形の第一裏書人欄の甲野太郎の署名を偽造して、拒絶証書作成義務を免除して右手形を裏書したので、被告は原告に対して裏書人としての本件手形上の責任があると主張する。

2  これに対して、被告は、将来発行する予定で、事前に手形帳に綴られている状態での手形用紙の第一裏書人欄に、被告において甲野太郎の署名をしていたが、この手形帳を原告に預けていたため、原告が無断でその一枚である本件手形の用紙を利用して、甲野太郎の裏書のある本件手形としたものであるから、

(一) 本件手形の裏書行為自体がそもそもない以上、被告が偽造者として本件手形上の責任を負担するいわれはない。

(二) 仮に被告による偽造の手形裏書行為があるとして、原告はこれにつき悪意であるから、手形法八条の類推適用がない。

3  したがって、本件の中心的な争点は、被告が本件手形について偽造の裏書行為をしたか否かである。

第三争点に対する判断

一  《証拠省略》によれば、次の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

1  被告とその夫の甲野春夫は共に原告会社に勤務していた際に知合い結婚したものであるが、甲野春夫は昭和四六年に、原告会社の援助の下に独立して、「乙山電器」という屋号で電気器具店を開業し、妻の被告と共に、原告会社から仕入れた電気器具の販売をおこなうようになった。

2  乙山電器の原告会社に対する支払は現金決済とされていたが、昭和四八年頃から乙山電器はその現金決済ができなくなり、その不足分について、「乙山電器甲野春夫」振出の約束手形を交付するようになったが、さらにその後交付した右手形も支払期日に決済ができなくなったため、その支払を延期するため手形の書替えをするようになった。

3  甲野春夫や被告は、右手形の書替えに際し、原告会社から、書替えて新たに差し入れる書替え手形につき、甲野春夫の実父である甲野太郎の裏書を要求されたが、被告らとしては太郎から手形裏書の承諾を得ることが難しいことから、原告会社の要求を満たすため、銀行から五〇枚の手形用紙を綴った手形帳を受領する都度、甲野春夫において、当時兄の甲野松夫と同居していた太郎の住居に赴き、自ら持参したその手形帳のすべての手形用紙の第一裏書人欄に太郎の所持する印鑑を無断で押捺して用意したうえ、原告会社へこの手形用紙を用いて手形を振出す場合にはその都度、被告において、その冒捺した太郎の印影の左側に太郎の住所氏名を、これも太郎に無断で記入して、同人の裏書を完成させて、この手形を原告会社に交付していた。

4  原告会社の代表者や経理を担当している事務員は、自分らの目の前で、被告自らが第一裏書人欄に太郎の印影のある手形用紙に同人の住所氏名を記入したこともあったものの、被告からこれにつき、太郎の氏名を代筆することの承諾を同人から得ているとの説明を受けていたため、同人の意思に基づく裏書と思い、特段に同人にその意思確認をすることなく、原告会社の要求した手形として受け取っていた。

5  ところで、乙山電器の原告会社に対する負債が累積し、昭和五九年一〇月には五〇〇〇万円を超えるところとなったため、原告会社は被告らの取引を同月末現在で一度清算し、その後の取引を現金決済にすることとし、一方原告会社の乙山電器に対する同月末日現在の売掛金及び貸金が、その未決済手形を含めて五二〇〇万五二三五円となったので、その端数を現金支払いで清算した残額五二〇〇万円につき、原告会社と甲野春夫との間で、この支払を住宅ローンの並の分割返済でするということで合意し、原告会社はこれにつき身内の者二人の保証を求めたが、この保証人になる者がいなかったため、甲野春夫はその担保として、太郎の裏書のある右五六〇〇万円に対応する手形を原告会社に差し入れることになり、原告会社の要請で、同月末日が支払期日となっている約束手形二通の額面合計一四〇五万円(額面が一一七五万円と二三〇万円)と残余の三七九五万円とに額面を分けた二通の約束手形とすることになった。

6  そこで、被告らは、その所持していた株式会社幸福相互銀行粉河支店が甲野春夫に発行した手形帳(手形番号がD42601からD42650までのもので、その綴られているすべての手形用紙の第一裏書人欄に、前記の経緯で太郎の印影が甲野春夫によって冒捺されているもの)のうち、手形番号がD42610の手形用紙で、支払期日を白地とした額面一四〇五万円の本件手形を振出し、被告において、本件手形の第一裏書人欄に太郎の印影のある左側に、同人の住所氏名を記入して、拒絶証書作成義務を免除した裏書を完成したうえで、原告会社にこれを交付した(その後、原告会社は本件手形の白地の支払期日欄を昭和六一年五月八日と補充した。)。

7  もっともその後、原告会社は、甲野春夫に対し、今後の手形振出しによる債務者の増加を防止し、また自らの仕入れの決済等に手形振出しを使用する目的で、同人の所持する手形帳二冊(前記の幸福相互銀行粉河支店のものと、株式会社紀陽銀行笠田支店のもの)の交付を要求してこれを取り上げたうえ、同人から前記清算して受取る手形のうち、額面三七九五万円の約束手形を受取っていなかったことに気付いたことから、交付を受けた右幸福相互銀行の手形帳のうち、手形番号D42645の手形用紙を利用して、原告会社において後日、右額面の甲野春夫振出し太郎の裏書のある手形を作成したことはあった。しかし、原告会社が手形帳を取上げた以降、原告会社が甲野春夫名義で振出した手形は、右三七九五万円の手形を除き、原告会社の責任ですべてを決済した。

二  右認定した事実によれば、被告らにおいて所持し、原告会社に交付する以前の幸福相互銀行粉河支店発行の手形帳のうちから、手形番号がD42610の手形用紙を使用して、甲野春夫が原告会社に対する負債の担保として、額面一四〇五万円の本件手形を振出し(ただし、支払期日は白地で、その後原告会社で補充された。)、そのうえで、甲野春夫が予め第一裏書人欄に甲野太郎の印鑑を冒捺した印影を利用して、被告において、右振出された手形の第一裏書人欄に同人の氏名を冒用して(被告が本件手形の第一裏書人欄に同人の署名を無断で記載したこと自体は、当事者間に争いがない。)、同人裏書による拒絶証書作成義務を免除した裏書を偽造して、原告会社に本件手形を裏書譲渡したものと認めることができる。

ところで、被告は、原告会社において、本件手形の裏書が偽造されていることを知ってこれを取得した者であると主張するが、原告会社で本件手形を取得する際、原告会社の代表者や事務員がこの偽造を知っていたと認めるに足りる証拠は本件になく、却って、本件手形に被告が太郎の氏名を記載した際も、右認定した被告の従前の言動から、被告がその氏名を代筆することの承諾を同人から得ているものと、原告会社側が思っていたと認めるのが相当であり、この認定を左右するに足りる証拠も本件にない。

三  したがって、被告は本件手形の甲野太郎の裏書を偽造したものであるから、手形法八条の類推適用により、本件手形上の担保責任を負うものと解するのが相当である以上、原告は被告に対し本件手形債権を有しているものである。

第四よって、原告の本訴請求は理由がある。

(裁判官 安藤宗之)

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